2010年04月の記事一覧

日本文化の一つ『アニメ』~映画・タイタンの戦いから考える~

絵画や彫刻、さらにはファッションや音楽といった様々な芸術文化の中心地として、『芸術の都』という異名まで持つ、フランス・パリ。

日本からも洋画家・藤田嗣治をはじめ、数々の有名画家やデザイナーが何かを得るため、その地を訪れ、そして大きく羽ばたいていった芸術家がたくさん生まれている。

今日は、私が思う日本が世界に誇れる文化の一つを書いてみたいと思います。

 

このポスターを先日、東京駅構内で発見したとき、小さいころ大好きだった『聖闘士星矢』だ!!とはしゃいでしまい、「ブログのために」ではなく、つい写真を撮ったのですが

これ、皆さんもご存知だと思うのですが、『タイタンの戦い』という映画のポスターなんですよね。

なぜ?と思い、調べてみると、この作品のルイ・レテイエ監督のコメントがありましたので引用します。

同作は、日本製アニメの影響を受けている。原作映画の神々は白い長衣姿だが、今回の神々は中世の騎士のような甲ちゅうをまとっている。あれは、日本のアニメ『聖闘士星矢』の影響さ。僕はあのアニメの熱狂的なファンなんだ。僕が育ったフランスでも人気だったんだよ。あの作品もギリシャ神話がモチーフで、女神アテナに仕える主人公たちがみんな騎士のような甲ちゅう(※聖衣=クロス)を装着している。それがすごく格好いいんだ。だから、あのアニメにオマージュを捧げたんだよ。それに物語のうえでも意味がある。神々と人間の間の戦いなんだから、神だって戦いの時には甲冑を身につけるのが当然だと思う」(引用元:http://eiga.com/buzz/20100324/6/) 

このようにフランス出身の映画監督に、私たちが当たり前に子供のころ見ていたものが、影響を与え、憧れの目で見てくれているのは、とてもうれしい気持ちになります。

 美術品を扱う仕事をする中で、茶道などの日本の伝統文化を大切にし、そこから学ばなくてはならないのはもちろんのことですが、このアニメをはじめとする新しい日本の文化にも、興味を持ってみるのも必要な気がいたします。

パリを訪れた人々の多くが訪れるルーヴル美術館のように、日本を訪れる世界各国の人々に、伝統文化と新しい文化を発信できる場所があれば・・・

世界に日本の素晴しい文化をもっとアピールできると思うのは私だけでしょうか。

 

 

 

 

 

 

人間国宝

人間国宝、すなわち重要無形文化財の保持者のことですが、

陶芸の分野では、色絵磁器の富本憲吉、鉄釉陶器の石黒宗麿、

民芸陶器の濱田庄司、志野、瀬戸黒の荒川豊蔵に始まり、備前焼や、青磁、

染付など、様々な技法の保持者がこれまで認定されています。

人間国宝作家ともなると、やはり市場の評価も高くなり、認定前と後ではかなり

市場価格に開きがあったりします。

近年では青磁で認定を受けた中島宏先生の作品などは、認定直後にあっちこっちから

注文が入り、見る見るうちに市場価格は倍以上になってしまいました!!

恐るべし人間国宝効果・・・・!!

やはりそれだけ価値のあるものなのでしょう。

そして、やはりわれわれ近代工芸を扱う者にとって気になるところは・・・・

次期人間国宝は誰???

発表が近づいてくると、色々な候補者が我々の間でも噂されますが、その名前は様々です。

最後に私の勝手な思いでそろそろでは??。。。。と思っている作家の作品を載せておきます^^

『美術品の極み』 ショッピングガイド補足 工芸品の表記について

『美術品の極みブログ』をいつも御覧いただきまして誠にありがとうございます。

さて今日は弊社運営『美術品の極』での商品説明の補足をこの場を借りてしたいと思います。

以下をご覧ください。

古谷道生作 伊賀花入
サイズ 幅11.5cm 高27.5cm
共箱・陶歴・共布付

というように工芸品の販売の各ページに上記の説明を入れていますが、まず・・・

 

まず2行目のサイズについて補足いたします。

 

ここでの『幅』とは、

各作品の耳などの突起物を含む横幅の一番広い箇所を測定しています。口径ではございませんので

ご注意ください。

また『高』とは

各作品底から一番高いところまでを測定しています。

サイズの小さい誤差はご容赦ください。

 

次に3行目についてですが

 共箱とは、作家自身が題書やサインを書いた箱であることを示します。極箱や合わせ箱の場合はこの欄に必ず表記いたします。

 陶歴とは、商品の箱に入ってある作家オリジナルの略歴を示すものとし、コピーなどのものは含まないものといたします。入っていない場合は表記いたしません。

 共布とは作品を包む布にサインや落款が入っているもの示します。陶歴同様、入っていない商品には記載いたしません。

 

 

 

商品を御覧いただいているなかで、何か不明な点などございましたらお気軽にお問い合わせください。

http://www.bijyutsu.jp/contact/index.php

 

 

お気に入りの食器

今日は恥ずかしながら我が家の食卓を撮ってみました

こういう仕事をしているので何かと日常に使うことでと心がけているのですが少し紹介したいと思います

メインの鯖の塩焼きの長皿と、チラッと右側に煮物が入っている器と、中央の卵サラダのお皿の3つは島岡達三先生の作品です

赤絵や色が入っているもの、灰被や窯変の作品が市場価値は高いのですが、このシンプルな縄文象嵌の器が一番料理が映えると思って使っています。

また熱いものを入れても冷めにくいので非常に重宝しています。

使い勝手で島岡先生のものは丈夫で少々荒く扱っても傷がつきにくく、また重ねても他の作家さんの作品と比べかさばらないのも特徴です。

民芸というものはこうあるべきなのかなと改めて感じます。

 

またこれからもいろいろ揃えて紹介していきたいと思いますのでよろしく御願いします

PS.実は金重有邦先生の湯呑も左端にあるのですが、撮るときにフレームアウトしてました・・・早くブログ慣れしたいものです

 

河井寛次郎のすごさを『鍾渓窯(しょうけいよう)』から考えてみる

陶芸や美術のことに興味がない方でも『河井寛次郎』の名は覚えがあることと思う。

京都の五条坂付近を旅したついでに記念館に立ち寄った、と言う方も多いはず。

 

この河井寛次郎の作品は多くの美術館や百貨店、または古美術店で見る機会があるとは思いますが、その多くは大正13年に英国のスリップ・ウェアに感動を受け『民藝』というものを追い求めた寛次郎の作品ではないでしょうか。

 

ではそれ以前の作品はどうなのか?

僕のような若輩が語るまでもなく皆様ご存知だとは思いますが・・・。

 

大正9年に清水六兵衛の窯を譲り受け、『鍾渓窯(しょうけいよう)』と名付け、英国陶に出会うまでのほんの数年、中国や朝鮮の古陶磁を模範とした作品を製作していました。

 

 

一見すると玳玻盞(13世紀宋時代)のようなこの陶器、31歳(大正10年)の寛次郎の作品です。

裏を見ると・・・

 

 

葉模様になっていて、これは白磁や青磁に見られる形です。

釉薬の技術や造形の基礎はすでにこの若さで完成していたのかと思うほどです。

 

『民藝』という新しい分野を切り開いていった寛次郎のすごさは、この土台があってこそのものだったように思います。

 

どうしても晩年に近い作品が高い評価をされがちですが、この時代の作品にも目を向けてみてください。

寛次郎がどれだけスゴイか、そしてなぜ評価が高いのか、また今までとは違った目線で楽しんでいただけるかと思います。

 

いつか『極』で扱ってみたいものです・・

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奮闘日記

今日は、お客様から掛軸を評価して買い取ってほしいとの依頼があり、大切な品物を拝見してきました。

おばあちゃんから「良いものだから大切にしなさい」と言われてた品物だけどマンションに引越しして掛ける事ができないからと言うことでした。

その品物とは円山応挙の双鯉図で、解りやすい”むずかしいもの”だったんですが

いつも評価をする際は僕なりに、いかにお客様に丁寧にわかりやすく説明して、そして納得してもらえるかを一番心がけています。

それは、評価額がとても高いものであっても、逆に思わぬ安いものであったとしても、お客様にとっては『大切にしてきたもの』であるということ、そして『思い入れや思い出が詰まったもの』であると思ってます。

贋物であったり安い評価であったとしても、納得して売っていただきたいですし、「金額が安いなら家に置いておく」と言う方も多いですがその場合も「思い出の品として大切に持ってもらいたい」という思いで仕事させていただいております。

今日のお客様にはお売り頂くこと出来なかったのですが納得した様子でお帰りいただけたので、良い仕事が出来たなと僕自身思っています。

 

 

『眠り猫』 日光東照宮

 

日光東照宮にある『眠り猫』

上の写真は昨年訪れたときに撮影したものですが

意外にも小さいことにびっくりしました。実際そう思った方がほとんどだと思います。

 この写真くらいのイメージなんですよホント・・・

ボーっとしてると見逃してしまうほど。

 

さてこの『眠り猫』

かの伝説の彫刻家・左甚五郎の作として有名なのですが

実在したかどうかも疑われているほど詳細は不明とされています。

私と出身地が同じという伝説もあるんですよ・・・

 

この眠り猫、見る角度によって違う表情になるとか

裏にある雀の彫り物とセットで意味があるとか

興味深いものだと思いました

こういう伝説って今も昔も変わらずみんな好きですよね

 

この『眠り猫』以外にも数々の彫り物があり、どれも当時の高い技術を持った彫刻家が彫ったことは間違いない事実でしょうし

これほどの彫り物を今現在製作することはほぼ不可能に近いものだと思います

このような芸術品や文化財を大切にして次の時代に受け継がないといけないですね

 

私たち関西人には、ちょっと遠い日光ですが、一度行ってみる価値はありました。

 

 

 

龍谷山 水間寺

今日はお客様のところに行ったついでに桜を見に行ってきました

その場所は桜の名所で有名な

大阪城でもなく万博公園でもなく・・・

貝塚市にある龍谷山水間寺!!(りゅうこくさん みずまでら と読みます)

”厄除けの観音様””水間参り”という名でも知られるそのはじまりは・・・

 聖武天皇が病気になったとき、夢に観音が現れお告げを授けられた。天皇は僧行基に観音のお告げを話し、現地に赴くよう命じた。行基はお告げに従い、この地を訪れたところ、観音の化身である16人の童子が現れた。童子に誘われ、現在本堂になっている場所の裏の滝に向かうと、その滝の中に一寸八分(約6cm)の観音像を見たという。
 天皇の病気が治癒し、授かった観音像を祀るため、天皇の命により天平16年(744年)に滝の傍に堂を建てたが、堂が完成するまで行基は16人の童子と起居を共にしたといわれており、これが水間寺の創始と伝えられている。

という歴史と由緒あるお寺なのです。”水間参り”のために水間鉄道という電車が引かれるくらいですし

日光の眠り猫ならぬ・・・にらみウサギが三重塔に

とお寺の話はここでやめておいて

意外にもといっては失礼ですが桜が有名な名所に負けないくらい綺麗でした

これは隣に流れる川にかかる橋からとった写真

流れる水の美しさと桜のいろがすばらしく綺麗でした

伺ったところこの橋は秋にはだんじりが走るとか

そして近くには水間公園というものがあり

一面の桜景色に見とれてしまいました

 

ほんと意外なほど綺麗でした

今年は残り少ないですが是非一度訪れてみてください

 

涼を感じるガラス作品

だいぶ暖かくなってきましたね!

昨日なんかは絶好の花見日和で、花見に行かれた方も多いんじゃないでしょうか。

暖かくなってくると不思議と注文が増えてくるのが、ガラス作品☆

白磁や、青磁などもそうですが、やはり飾っていると涼しく感じるものです。

これからの季節、人気が出てきそうな藤田喬平の作品を写真に撮りました☆

美術品の極の販売の方でも、春から夏にかけてガラス作家の作品を

たくさんアップできたらと思います☆

メジャー 城島健司

本日の読売新聞の記事

文末の記者さんのまとめのことではなく

城島の行動に感動したので今日は取り上げてみたいと思いました

 

阪神ファンの私としましては今までタイガースの選手はファンとの交流や気遣いがほかのチームに比べ

簡素というか愛想がないというかそう感じていました・・・

自分たちが人気球団であるがためほかのチームと違う特別な選手であるかのような振る舞い・・・

しかしこの記事を見てもちろん今までの阪神の選手にはないことのように思いますし

プロ野球選手全体をみわたしてもないことのように思います

 

開門と同時に球場に足を運び打撃練習から見てくれている少年を気遣い大切にする姿勢は

この少年にとって一生の思い出になるとともに

この記事を見てる私にとっても、お客様に対する接し方や振る舞いを改めて考えさせてくれる出来事であったように思います