陶芸家の記事一覧

安藤義典

安藤義典 (あんどうよしのり)

 

~経歴~

1955年岐阜県生まれ

1973年岐阜県立多治見工業高校卒業

1985年四日市市、美濃市にて陶器販売

1991年美濃大草窯主宰

安藤實に師事

1994年暁山窯にて作陶

1995年東京・玉川高島屋にて七人展

 

安藤の師は、陶芸家でもある父・安藤實である。尊敬する父の作品に憧れ、感銘を受けて陶芸界に入った。大切にしているのは「用と美」。

阿久津忠男

阿久津忠男 (あくつただお)

~経歴~

1950年栃木県生まれ

1972年青山学院大学を卒業、栃木県立窯業指導所に入所

1973年広崎裕哉に師事

1975年独立・築窯

1976年東京セントラル絵画館で展覧会(以後毎年グループ展)

1983年東京しぶや黒田陶苑で個展

 

宇野仁松

1846年10月京都に生まれた。父祖より陶業を受け五条坂に住み、初代清風与平に師事した。もっぱら美術品の製作に従事し、1885年頃から輸出貿易に着眼、欧米各国に販路を広めた。辰砂釉とマット釉に定評があり、また陶器に竹巻と応用することを案出した。

青木木米

京都の陶工。仁清・乾山と並んでわが国三大名工のひとり。

姓は青木、幼名八十八、のちに父の名を襲って、佐兵衛と改名。通称木屋佐兵衛、一説に木舎佐平、または佐兵衛・佐平。字は青来。木米・聾米・九々麟・百六散人・古器観・停雲楼などの号がある。

伊藤陶山

京都の陶工。1846年山城国愛宕郡粟田領に生まれた。幼名を重次郎、後に幸左衛門、1895年1月から号の陶山を本名とした。1863年18歳のとき、習画の師、小泉東岳の勧めにしたがって陶事に転向し亀屋旭亭に入門、続いて三代高橋道八、村田亀水、幹山伝七、帯山与兵衛、一文字屋忠兵衛、岩倉山嘉兵衛らの指導を受け、さらに広く各地の窯を見学して1867年京都の白川畔で開業。1873年山城朝日焼の復興に尽力、1884年粟田陶磁器組合長に推され、1891年かねてから研究していた本焼絵付の技法を完成し粟田本来の特質を発揮して賞賛され1896年京都陶磁器同業組合の頭取となって陶磁器試験場と伝習所を設立させた。1898年辞職、翌年6月に六月緑綬褒章を受け、さらに1912年久邇宮邦彦王から「陶翁」の号と共に金銀印を賜った。1917年六月帝室技芸員に任命された。1920年滋賀県膳所焼を復興。古希を過ぎてから洛東鏡山の麓に新窯を起こす決意をして同年9月22日開窯、その二日後に76歳で死んだ。晩年旧膳所藩の本多久信を養嗣子に迎えた。

安倍安人(あべ あんじん)

 

1938年大阪市生まれ。

57年現代美術研究所・宮本三郎教室に学ぶ。

72年作陶を開始。

86年岡山県牛窓に築窯。

95・96年池田満寿夫・安倍安人二人展開催。

2002年ANJIN ABE展開催(パリ)。

メトロポリタン美術館他多数収録。

 

安倍安人 作  備前徳利

 http://www.bijyutsu.jp/products/detail.php?product_id=579

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